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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
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 【随 筆】 『古い基準点測量の思い出』
      

 

 

小林技術コンサルタント(株) 常務取締役 藤本 保一 (根室支部会員)

 

  「剣岳 点の記」という映画が6月の末に全国一斉に封切られて、私も妻と一緒に釧路まで見に行った。この映画は“新田次郎の原作”で明治40年代に未だ完成されていなかった地形図作成のため、北アルプスの未踏の山“剣岳”の周辺に、地図作成の基準となる、三角点を設置する話である。


 映画の中の、壮大な自然の中での三角点設置測量の工程を追っての撮影は、私を30年も前の、ある地区での基準点測量を思い出させた。自然のスケールからいえば100分の1にも満たない地区である。ずいぶん長い間資料室の隅に放置されていた、その測量計算簿の表題部には“昭和54年度 2級基準点測量計算簿 北海道・羅臼地区 測量実施機関 小林測量設計事務所 測量士 ・・・・。とある、業務の内容は当時、開通間近の、国道335号ウトロ羅臼線羅臼峠国境から羅臼温泉までの国有林野内道路敷地確定のための2級基準点設置測量である。厚さ2センチのA4版の冊子であるその簿冊の中の水平角観測手簿には、昭和54年9月1日晴れ疾風午前9時、30年前の33歳の私が標高1,659メートルの羅臼岳山頂より60メ―ト低い “編心点P2”にウイルドT2(経緯儀)を据えて、手簿者1名と機械を覗いていた。二等三角点羅臼岳を中心にして羅臼側は二等三角点湯の沢・三等三角点孵場上の両三角点とウトロ側、三等三角点二又を既知点として2級基準点8点の新設の基準点測量である。標石は特注の御影石で盤石なし、柱石長110センチ、重量100キロ超の非常に重くて、扱いづらい代物だった、そのため道路より埋設点まで運ぶのにも、ロープで前と後を1か所ずつ縛り、それにそれぞれ棒を1本ずつ通して1か所2人ずつ4人がかりで担ぎあげなければならなかったため、1日に2箇所の埋設がやっとであった。

 

 7月後半から取りかかったこの仕事が、この年の悪天候が災いして、最終観測終了が11月28日と記されている。“待つ時間が多く、ずいぶん長くつらい仕事だったという思いと。この業務は、当時の私にとっても、会社にとっても初めての基準点測量で、前社長の友人の会社に指導を仰いだり、又その会社を通して国土地理院の北海道地方測量部へ直接伺って、何から何まで丁寧に指導して頂いたこと、人のつながりが本当にありがたく、いくら感謝してもしたりないぐらいでした。そしてこの業務が、後続の基準点測量に大変助けになり、その後の当社を発展させる、要因になったことは言うまでもありません。少し残念だったことは、この年の、決算は、この業務が原因で大きく赤字になったことです・・・・。

 

 「誰かがゆかねば、みちはできない。」(映画の中の言葉より)


 


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