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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
〜私たちは地域の発展と人間尊重の経営を目指す経営者集団です〜


 【随 筆】 『妻を助手席にのせて』
      

 

 

堀田技術士事務所 所長 堀田 祐巳 (釧路支部会員)

 

 

 私の夢は、妻を助手席に乗せることでした。車が買えなかった訳ではありません。
私は長い間、運転ができなかったのです。
免許は持っていましたが、首都圏に住んでいたため、車は必要ありませんでした。
 また、なぜか大きな交通事故をよく目撃しました。衝撃的な光景を目にする度に、運転に対する恐怖心が一層ずつ蓄積され、いつしか運転をすることができなくなっていました。


 結婚後に車を購入しましたが、運転はもっぱら妻の役目でした。後部座席で、まだ乳飲み子だった息子のおむつを替えながら、どうにかしなければと考えたものです。教習所のペーパードライバー講習に通いましたが、恐怖心は消えませんでした。誰に相談しても「慣れるしかない」というのがお決まりの答えでしたが、慣れる前に大きな事故を起こす可能性の高いことは、自分が一番よく知っていました。

 行きついた結論は「私は生涯事故を起こさず運転する自信が無い。よって生涯運転はしない。」というものでした。運転免許証は己の弱さの象徴であり、何度も破り捨てたい衝動に駆られました。

 

 ある年の春、免許更新のために出かけた府中交通試験所で、「五体不満足」の乙武洋匡さんにお会いしました。なんと乙武さんは車の運転もされるようです。乙武さんは交通警察官と一緒に、自分の車の運転装置をチェックされているようでした。乙武さんの美しい笑顔を見て、私は目頭が熱くなりました。と同時に、腹の底から大きなエネルギーが湧き出てきました。運転に対して私は、不安、事故、失敗といった悲観的な捉え方しかできませんでした。それに対して乙武さんは、困難を克服しながら、前向きに夢を実現されてきたのです。

 その一途で美しい笑顔が、私の心の中に「すとん」と音を立てて落ちたのです。

 

 一昨年、27年ぶりに釧路に戻ってきました。
 転居を機に、もう一度ペーパードライバー講習を受けてみました。教官から「問題ない」と言われましたが、それでも恐怖心を克服しきれなかった私は、毎日必ず運転することを自分に課しました。そしてやっと、妻を助手席に乗せるという念願を、叶えることができたのです。

 初めて北海道で暮らす妻は、広大で美しい道東の景色を、助手席で存分に楽しんでくれています。妻と子供を、何処でも好きな所へ連れて行ける喜びは、こんなにも大きなものだったのです。


 私に大きなエネルギーを下さった乙武さん、運転のできない夫を、長い間暖かい目で見守ってくれた妻へ、感謝します。ありがとう。

 

 末筆ながら、新しい年を迎えて皆様の益々のご発展をお祈り申しあげます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 


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