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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
〜私たちは地域の発展と人間尊重の経営を目指す経営者集団です〜


 【随 筆】 おもいで

   

 

(有)中標津保養所温泉旅館 代表取締役 加藤 達雄 (南しれとこ支部会員)

 チュプカの原稿を頼まれ、さて何を書くかいろいろと悩んだが、どうしても今のご時世、良い話が浮かばない。ならば昔のことを書こう。

 

 別海町の田舎に生まれたわたしは、小学生の頃遊びといえば、釣りか牧場に放されている馬(農耕馬)を捕まえての乗馬、鞍などはないので、手綱だけの馬に乗って山を走り回る。しかし鞍がないので尻が痛い。帰ってくると父に、「馬が疲れてしまって仕事にならない」と怒られる。でも父の目を盗んでは、よく乗ったものだ。

 

 近所(隣の家まで一キロメートル)の同級生4人でスコップをもって小川に集まった。夏の暑い日である。学校にプールなどない時代で、近くに泳ぐ川もない。ならばプールをつくろうと小川を塞き止めた。2時間もすると深さ1メートル以上もある大きなプールが出来た。時間と共にさらに大きくなる。川下を見ると魚が跳ねている。4人で追い掛け回す。獲った魚は、おやつ代わりに焼いて食べる。

 

 そのころ山や川にいくときは必ず、マッチとナイフを持っていった。年上の大将から、熊や野犬から身を守ることと、火を熾す為の必需品と教わっていた。
その後堤防を壊し、水を一度に放流したときゴーゴーという轟音にみんなで歓声をあげた。

後日仲間から、親父にきつく叱られたことを聞かされた。なんと川の上流で野菜を作っていた家があり、畑が水浸しになったとのことである。あの時は「おばあちゃんごめんなさい」

 

 今に比べて物がない時代だったが、自由で、夢と想像力はいっぱいあった気がする。もう子育ての時は過ぎた。これからは孫あそび、むかしの感動を何かひとつ味合わせてあげたいな!
 

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