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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
〜私たちは地域の発展と人間尊重の経営を目指す経営者集団です〜


 【随 筆】 湯気馳走(ゆげちそう)

   

 

釧路三菱自動車販売(株) 代表取締役 鈴木 全 (釧路支部会員)

 

 今夏8月の話でやや賞味期限が切れかかっている話で恐縮ですがお付合いください。
 

 お盆を挟んでの夏休みが終わり、久しぶりの気分で出勤しました。店頭にも盆休暇で墓参りや家族旅行を通じて家族サービスが出来た事への満足感を漂わせる話題のお客様が多数ご来店されておりました。


 その中に若き僧侶(35〜38歳)の姿が目に入ったので「お暑いですね!」と常套句を以って近づき「お盆中は忙しかったでしょう?」…などと当たり前の話をしていましたが、その若き僧侶のお寺も参拝者が多数だったらしい。そんな話の中で若き僧侶がこんな事を話していました。

 

 若き僧侶「お墓参りの時は、それぞれ霊前にお供え物をするのが一般的ですが、その数がおびただしく、お盆が開けて整理したら、ゴミ用の袋に7個ありました。勿論、昨今の猛暑ですから腐敗して、凡そ食に供することは不可能ですから、実にもったいない事なのです。お供え事を行うのは仏教の教えからして至極当然であり、正しい事ではあります。しかし、ゴミ袋7個分の腐敗ゴミを作る事は決して正しい事ではないと思います・・・」

 

 日々「神、構うな、仏、ほっとけ」を実践している私は思わず言葉を返してしまったのです。

 

私   「それは、お釈迦様の教えによる結果なのでは…?」
若き僧侶「いいえ、お釈迦様は決してそんなもったいなく、特に食べ物に関して粗末になる事を、お教えになるはずがないじゃないですか」
私   「・・・?」
若き僧侶「供養、供物という言葉をかみ締めて考えてください。供養とは 人(人偏)+共 やしなう(養)と書きます。供物も同じで人(人偏)+共物ですね。つまり、供養とは『人々がともに養われる事』であり、供物とは人々が共に養われるために『必要な物…』と言う事なのですから、供物をお供えし、お線香を焚いてお祈りをし終わったら『直ぐ』下げて供養をされた人達みんなに分け合って食べる事がお釈迦様の教えなのです。お供え物を置きっ放しにして、結局は腐敗させると言う事は、正しい事をしつつ、正しくない事に帰結しているのです」

 

 更に若い僧侶の言葉が続く…

 

 若き僧侶「檀家さんのご自宅のご仏壇にお参りをする時に見かけるのですが、仏壇に供したお仏飯が干し上がり、カラカラ状態であることがあります。毎朝お仏壇にお仏飯を上げる事の意味は、仏様(先祖)にお食事を差し上げる…のではなく、炊き上がりで湯気の立つご飯をお供えし、家族がこの様な暖かいご飯をいただける事を、仏様(先祖)に感謝を添えて報告する事なのです。ですから、お線香を焚いて合掌してお参りを終えたら、直ぐ下げて、家族との朝食で分け与うのです。仏様(先祖)は御仏飯から立ち昇る『湯気』から、後に残した家族が今日も『湯気の立つ、暖かい朝食』を得る事が出来ている事を伺い知り、安堵されるのですね。これを『湯気馳走』と言うのです。ですから決して干せっからびにしてはいけないのです」

 若き僧侶の話はここで終わりました。

 

 過去、60数年間の私は、巡り会わせが悪かったのか、こんなに解りやすく「仏法」を説いてくれたお坊さんがいなかったので、この若き僧の話が素直に私の体内に入り込んだ次第です。有難たや、ありがたや。
 

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