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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
〜私たちは地域の発展と人間尊重の経営を目指す経営者集団です〜



20年 ひと昔

萬木建設 漆崎 隆

今年の1月で、社長に就任して満20年が過ぎました。私達の会社は、先代社長が創業して19年目の経営中、突然の病で急逝して代表者が私に代わりました。

当時私は36歳。リリーフピッチャーのつもりで簡単に引き受け、1、2年で業績が回復するまでと考えておりました。ところが、前社長の信用で築き上げられた会社は、突然その人が亡くなると、内部からも、外部からも、正につるべ落としのように、いや、それよりもまだまだ早い速度で急降下し始めました。

サラリーマン時代、私は自分が一生懸命やれば、道は必ず拓けると考えてやっていました。どんな壁にぶつかっても、上司・同僚と自分の努力で乗り越えて来ました。しかし、着任して半年、努力とか頑張るとかという次元では、どうにもならない事があるという事を痛感しました。失いかけた信用は「命がけで仕事をして回復する」か「逃げ出す」しかありません。「社長という職業は、命がけだ。今から我が家は釧路へ永住する」と宣言して、小学6年生の長男をはじめ、生まれて数ヶ月の次女と長女、妻との一家5人を強引に札幌から連れ出し、釧路の街での生活がスタートしました。という訳で、後ろを向いたらガケから落ちるだけ。ただ、前を向いて全力で命がけで走るという人生が始まりました。

社長業の実務は、ほとんど同友会のメンバーから教わりました。大先輩の経営者が多い中で、“ふたけた会”の発足にも参加させていただきました。釧路支部幹事長もおおせつかり、全道・全国のメンバーから大いに学ばせていただきました。東京の大橋社長、大阪の千房の社長、函館の戸沼社長、恵庭の鼻和社長、札幌の下出社長、山崎社長、宇佐美社長、帯広の石原社長、落合社長、数えたらきりがありません。

“20年ひと昔”早いもので、孫もできました。振り返る間もなく走り続けて来た人生ですが、夢はまだまだ先。同友会で学んだ“中小企業のおやじ”として、これからも走りつづけます。


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