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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
〜私たちは地域の発展と人間尊重の経営を目指す経営者集団です〜
今月の文学探訪
【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)


昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業
昭和62年 北海道大学大学院文学研究科修士課程修了。
平成 元年 釧路工業高等専門学校着任
令和 5年 釧路工業高等専門学校退職

 現在、釧路工業高等専門学校名誉教授。文芸評論家。専門は日本近代文学。
 地元で公開講座、出前授業、読書会、朗読会など、地域貢献に関わる活動を実践。
 2021年7月より北海道新聞夕刊で「道内文学」創作・評論の執筆を担当。

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   佐多稲子『キャラメル工場から』  2022年5月
                小田島 本有

 主人公ひろ子は11歳。もともと成績優秀であった彼女がキャラメル工場への就職をするようになったのも、もとはと言えば思いつきで物事を決めてしまう父親のいい加減さがきっかけである。
 最初の妻とは死別し、二度目の妻とは結局離婚してしまう過程の中で生活が行き詰まりを見せ、在京の叔父が病気となり、父は退職して上京後就職するものの、失業して一家は困窮に陥る。その中で父親がひろ子に提案したのは、小学校を辞めキャラメル工場に就職することである。父親がその工場に決めたのはそこが多少世間的に知られていたからであって、職場まで電車で40分かかり、その電車代を差し引くと結局お金が残らないことについては後から気づく始末である。当初この父親は、「すこし遠いけれど、まあ通って御覧。学校の方はまたそのうちどうにかなるよ」と言っていた。「どうにかするよ」ではないところに、この父親の自覚のなさがうかがえる。
 ひろ子の勤めた工場は門限の7時に遅れると中に入れず、結局休みとなる。日給制であるためこれは大きく響く。彼女は4、5日前に初めて遅刻した。
 会社は前日の成績表を掲示する。優秀者3人と劣等者3人を貼り出し、作業員たちに競争意識を植えつけるためである。給料は日給制から出来高制に変わった。ここにも会社の思惑は透けて見える。学校にいた頃は優秀者として名前が貼り出されていたひろ子も、こと作業に関しては年少者であることも災いして劣等者として貼り出される常連である。彼女は何とかこの位置から抜け出したいと願っている。
 ひろ子の家はもともと経済的には恵まれていた。そのことを象徴的に示すものとして、彼女が所有するマントがある。だが、工場に通うようになると、彼女は女工頭の妹からマントが生意気だといって苛められた。この年端もいかない彼女に辛酸をなめさせているそもそもの原因は、紛れもなく無責任な父親なのである。
 この父親はある日突然、娘にキャラメル工場を辞め、仕事を変えることを提案する。「からだが丈夫でないから気楽なところを」ということで、父親が見つけてきた新たな職場は住込みでの「チャンそば屋」(中華料理店)であった。そこで彼女はまた慣れない作業に従事しなければならない。
 その彼女のもとへ郷里の学校の先生から手紙が来る。「誰かから何とか学資を出してもらうよう工面して――大したことでもないのだから、小学校だけは卒業する方がよかろう」というような文面だった。彼女は暗い便所の中で泣く。先生は「大したことでもない」と言うのだが、それはいまや彼女にとって途方もなく難しいことになっているのだ。




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