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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
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今月の文学探訪

【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)

昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業(国語国文学専攻)
昭和62年 同大学院修士課程修了。
 現在、釧路工業高等専門学校一般教科教授。
 専門は日本近代文学。
 同友会幹部大学で文学の講義を担当している。


トップ  >  (1)『坊っちゃん』
夏目漱石『坊っちゃん』 2005年5月                  
小田島 本有

 『坊っちゃん』に郷愁を覚える読者は多い。この作品は永遠のベストセラーだ。
  私がこの作品を初めて読んだのは中学生のとき。四国の中学校を訪れた主人公が、その赴任先で出会う人々に対して、「赤シャツ」「野だいこ」 「山嵐」「うらなり」などと次々にあだ名をつけていく。その命名がその人物の特徴を見事に捉えている。リズミカルな物語の展開も魅力的だ。結末で主人公が 山嵐と一緒に赤シャツと野だいこを成敗する場面に心すくような思いも味わった。
  しかし、中年期を迎えた今、改めてこの作品を読み返してみると、この主人公の無責任さが却って目に付く。
  宿直の日、彼はのこのこと温泉へ出かけている。中学校に勤務したのはたかだか一ヶ月程度。彼が破天荒な行動をとれたのも、彼が本来この学校 で腰をすえようという意志を持っていなかったからだ。もし同僚にこのような男がいたならば、周囲はかなり迷惑を被っていたに違いない。我々読者がこの主人 公に爽快感を感じるのは、自分たちが彼のようには行動できないからである。
  ただし、この男にも愛すべき点があった。それは彼が本音と建前を区別できる人間ではなかったこと。赴任の日、「生徒の模範になれ」という校長の訓話を聞いて慌てて辞令を戻そうとした行動に、それは端的に現れている。
  彼には言葉のオモテもウラもなかった。彼が赤シャツにあれほど反発を感じるのはそのためである。赤シャツは大人の社会をうまく渡っていける だろう。その点から言えば、この主人公は「大人になりきれない人間」と見ることも可能だ。タイトルの「坊っちゃん」には未熟さの意味合いが込められてい る。
  しかし、「坊っちゃん」の意味するところはこれだけではない。下女だった清が、彼をいつも「坊っちゃん」と呼んでいた。幼い頃、彼は自分を ひたすら可愛がる彼女に不審の念すら抱いている。しかし、四国で赤シャツをはじめとする人間たちに出会い、人間社会の醜さに触れることで、彼は清の美質に 気づかされる。この作品は「清を再発見する物語」であるとも言えよう。
  清はもうこの世にはいない。それだけに、自分をひたすら愛してくれた彼女への愛惜の思いをこめて、主人公は語り続ける。「坊っちゃん」という彼女の肉声が今主人公の脳裏に甦る……。
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