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今月の文学探訪

【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)

昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業(国語国文学専攻)
昭和62年 同大学院修士課程修了。
 現在、釧路工業高等専門学校一般教科教授。
 専門は日本近代文学。
 同友会幹部大学で文学の講義を担当している。


トップ  >  (111)『邂逅の森』
熊谷達也『邂逅の森』 2014年7月

                小田島 本有

 『邂逅の森』は直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した作品である。マタギをしていた松橋富治が地主の娘文枝と深い恋に陥り、彼女が妊娠したことをきっかけに村から追放され、しばらく鉱夫として働くも、やがて再びマタギの世界に戻り、山の神(ヌシ)との決闘に至るまでの過程が劇的に描かれている。
 『邂逅の森』は「山の神様」を求める物語とも言えよう。狩猟行為は人間と獣との間で交わされる、生死を賭けた戦いである。よきライバルは敵同士でありながら、そこに相手への畏敬の念も生まれる。クマが「神様」となる所以がここにある。マタギたちは狩猟の前には禁欲し、身を清める。仮に獲物が得られなかった場合は、禁欲を怠ったためと解釈される。その点でマタギの世界は厳しい。
 だが、富治にとってマタギの仕事は生きがいだった。それだけに、村から追放されたことは自業自得とはいえ、彼にとって辛いことだったろう。妊娠した文枝も別の男性との結婚を余儀なくされた。
 作品の後半からは女性たちの存在が大きく浮かび上がる。後に富治の妻となるイクは元遊女。本人曰く、決して見栄えがよくない彼女は自分の技を磨くしかなかった。その技に我を忘れるほどの快感を得た富治は、彼女に求婚し、二人は一緒になる。娘が生まれてからのイクは貞淑な妻へと変貌する。それは娘が決して後ろ指をさされることのないようにと願う、母親としての強い思いからだった。
 文枝との再会も興味深い。息子の小太郎が出生の秘密を知り、おそらく実の父親に会おうとするのではないかと察した彼女は富治の前に久しぶりに現れる。夫との関係が冷え切っていた彼女には、富治と縒りを戻すことへの期待がなかったわけではない。しかし、いざというとき、彼が萎えてしまう姿を目の当たりにしたとき、文枝の胸に去来したのは「イクに負けた」という思いであった。だが、文枝には昔の可憐な面影はない。「イクもおっかねえけんど、おめえのほうが百倍もおっかねえ」。富治の思わず漏らした言葉が実にユーモラスだ。
 文枝とイクが直接対面する場面がある。この二人がものも言わず互いの頬を殴り合う姿を目の当たりにして、富治は呆気にとられた。しかし、後にイクは「文枝さんと交わした約束は、俺は守らねばならぬ」と語った。女を抱いては山へ入っての猟はできない。女房を選ぶか、猟を選ぶかで迷った挙句、猟をあきらめて精神的な張り合いを失った富治を見て、イクはマタギの仕事をやめるなと言い放つ。それはイクが文枝と交わした「約束」を守ることでもあった。
 こうして富治は山へ入り、巨大なクマ(ヌシ)との対決を迎えるのである。その対決の凄まじさは圧倒的な力で我々に迫ってくる。
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