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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
〜私たちは地域の発展と人間尊重の経営を目指す経営者集団です〜
今月の文学探訪
【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)


昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業
昭和62年 北海道大学大学院文学研究科修士課程修了。
平成 元年 釧路工業高等専門学校着任
令和 5年 釧路工業高等専門学校退職

 現在、釧路工業高等専門学校名誉教授。文芸評論家。専門は日本近代文学。
 地元で公開講座、出前授業、読書会、朗読会など、地域貢献に関わる活動を実践。
 2021年7月より北海道新聞夕刊で「道内文学」創作・評論の執筆を担当。

トップ  >  (112)『ホテルローヤル』
桜木紫乃『ホテルローヤル』 2014年8月

                小田島 本有

 『ホテルローヤル』は7つの短編からなり、ラブホテルを舞台に現在から時間が過去に遡る形式となっている。冒頭の「シャッターチャンス」では、廃墟となったホテルでヌード写真の撮影をする男女が登場していたが、最後の「ギフト」では周囲の反対を押し切ってそのラブホテルの経営に乗り出す田中大吉の姿が描かれていた。
 この作品ではさまざまな人物が登場する。ラブホテルの経営に反対する妻と義父(「ギフト」)、信じていた息子の犯罪のニュースを知らされたホテルの従業員(「星を見ていた」)、ここで心中をすることになる高校教員と教え子(「せんせぇ」)、住職が来ないため浮いたお金でラブホテルを利用する中年夫婦(「バブルバス」)、心中事件後、経営不振に陥っていたラブホテルの閉業を決意し、父にも見切りをつけた娘(「えっち屋」)、檀家の主たる男性たちと身体の関係を持ち、彼らから「お布施」をもらう住職夫人(「本日開店」)。ホテルローヤルに何らかの形で関わった彼らの姿を浮き彫りにすることにより、その生きざまを見つめ続けてきたこのホテルの栄枯盛衰が読者の心に強く刻印されていくのである。
 最終話「ギフト」に登場する田中大吉は一発当ててやろうとする山師的根性の持ち主だった。青山建設社長の誘いに乗せられ、看板屋の仕事を捨ててラブホテルの経営に乗り出そうと彼の心は大きく動く。愛想を尽かした妻は息子を連れて実家に戻った。その一方で彼は若いるり子と深い関係となり、彼女から妊娠を告げられた。彼女と再婚し、ラブホテルの経営を大吉が決意するところで作品は終わる。少なくとも「ギフト」の最後はある種の明るささえ読者に印象づける。だが、若いころはあれほど大吉に好意を示していたるり子も、仕事を顧みなくなった夫に愛想が尽き、やがて別の男と姿を消した。大吉を捨てたのは妻ばかりでない。娘の雅代も同様であった。結局彼は3人の女たちに捨てられたのである。「本日開店」では、老人となった青山から大吉の死が語られる。彼の遺骨はだれも引き取り手がおらず、結局住職夫人である設楽幹子が預かることになった。夫の西教は深い理由を尋ねることなく、遺骨を受け取る。だが、妻の秘密に気づいている彼は仏壇に置かれたままの例の「お布施」を持っていこうとはしない。そこには明らかに性的不能者である西教の嫉妬が存在していた。
 田中大吉の一生を振り返ったとき、我々の胸に去来するものは何だろうか。大吉は大湿原に面した高台に大きな夢を実現しようとした。そしてそれは一時彼の心を満足させたのかもしれない。しかし、それは決して長続きしなかったのである。「夏草や兵どもが夢の跡」この芭蕉の有名な句に繋がるものを我々は感じることができる。
 なお、桜木紫乃はこの『ホテルローヤル』で2013年(平成25年)、第149回直木賞を受賞した。
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