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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
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今月の文学探訪

【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)

昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業(国語国文学専攻)
昭和62年 同大学院修士課程修了。
 現在、釧路工業高等専門学校一般教科教授。
 専門は日本近代文学。
 同友会幹部大学で文学の講義を担当している。


トップ  >  (83)『華岡青洲の妻』
   有吉佐和子『華岡青州の妻』2012年3月

                小田島 本有

 華岡家における嫁姑の確執と彼女たちの世代交代をリアルに描き出した小説、それが『華岡青州の妻』に他ならない。
 加恵にとって於継は幼い頃から羨望の対象であった。美貌の持ち主で賢さも備えている。その彼女から、「息子の嫁になってほしい」との申し入れがある。加恵がこの結婚に同意したのはひとえに姑となる於継ゆえである。夫となる雲平のことは全く眼中になかった。
 しかし、加恵にとって幸福な気分を味わえたのは京都で勉学をしていた雲平が戻ってくるまでであった。息子の帰還とともに、於継は加恵にとって空恐ろしい姑へと転じたのである。於継の姿勢は医家である華岡家を繁栄させることを自らの宿命とするという点で一貫していた。於継にとって息子の雲平は華岡家の期待を担ったホープだったのである。
 加恵が出産した第一子は女の子であった。その嫁に対し於継が真っ先にかけた言葉は、「御苦労さんやったのし、加恵さん。この次には男の子ォ産んで頂かして、え」というものであった。このとき、加恵は氷に触れたような思いを味わう。於継のこのときの発言は当時にあって殊更意地の悪い発言とも思われない。華岡家の繁栄を願う彼女にとって、世継ぎとなる子供の誕生を求めるのは無理もないことであった。
 この作品は加恵の視点から描かれている。これが於継の視点から語られていたら、作品の見え方は大きく異なっていたかもしれない。
 ただ、於継の側に息子への溺愛に根ざす盲信があったのは否めない。麻酔実験の後、目が痛いと言う加恵に対し、「薬が悪かったかと雲平さんが心配するのに、なんで黙っておくれなんだのやろ、至らんことして」との言葉を漏らす於継に娘の小陸は怒りを隠さない。雲平が麻酔実験を実施するに際しても、嫁姑の激しい確執があった。この二人は日頃激しく言い合うことはない。しかし、その根底においてどちらが雲平の前で存在価値を主張しうるのか、その主導権を競っていたのである。その確執をずっと目の当たりにしていたのが小陸である。死病に冒された彼女は、自分が嫁に行かなかったことを幸せに思うとまで言い切った。そして、この嫁姑の確執に対して知らんぷりをして両者に薬を飲ませた兄を批判してもいた。彼女のこの言葉のもつ意味は極めて重い。
 女二人の争いは結局雲平という医者を育て上げるのに役立ったのである。これが封建的家族社会の真実を言い当てている。於継の墓よりも加恵の墓が大きく、それ以上に青州(雲平)の墓が大きく建てられているという現在の姿に、我々はいったい何を読み取るべきだろうか。麻酔実験の結果失明を余儀なくされた加恵が後悔していないと言い切ったとき、小陸は「嫂さんが勝ったからやわ」と述べた。この作品のタイトルが〈華岡加恵〉ではなく、〈華岡青州の妻〉となったことの意味もその辺に求めることができよう。
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