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今月の文学探訪

【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)

昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業(国語国文学専攻)
昭和62年 同大学院修士課程修了。
 現在、釧路工業高等専門学校一般教科教授。
 専門は日本近代文学。
 同友会幹部大学で文学の講義を担当している。


トップ  >  (85)『火宅の人』
  檀 一 雄 『火 宅 の 人』2012年5月

                小田島 本有

 『火宅の人』は無頼派と言われた檀一雄が20年の歳月をかけて完成した作品である。最後彼は病床にあり、口述筆記で執筆が進められた。新劇女優の恵子と「事」を起こして別宅を構え、一時は石神井の本宅、愛人宅含め四軒の家をもっていたという事実は作者自身のそれと重なり、ただただ驚くのほかない。
 しかし、この作品を道徳的に云々すること自体にはさほど意味があるとは思われない。この作品では軽妙な語りが秀逸であり、本来なら修羅場となりそうな場面でも陰惨さを感じさせないところにむしろ注目すべきではないか。沢木耕太郎の『檀』は、檀の妻・ヨソ子(『火宅の人』ではヨリ子)の口を借りて、夫の一連の行動が彼女にとって決して心穏やかなものではなかったことを浮き彫りにしている。『火宅の人』におけるヨリ子はちょっとしたことにも動じない、冷静沈着な女性像として描かれているが、それは作者がいわば理想化した姿だったのである。
 夫の放蕩、次郎の日本脳炎発症による病床生活、長男一郎の窃盗などなど、ヨリ子には次から次へと災難が降りかかる。しかし、そのなかにあって決して泣きごとを言わない彼女の逞しさが伝わってくる。その彼女も一度は家出をした。しかし、再び戻ってからは腰を据えて家庭の人となるのである。「私」はある意味でそのような妻がいたからこそあのような行動ができた。その点で「私」はヨリ子に甘えていたと言えるかもしれない。
 ヨーロッパに長期滞在する際には恵子のパトロンに関する噂をささやかれたことで嫉妬の情に駆られたと思いきや、ヨーロッパでは現地の日本人女性と関係をもつ「私」。かつては有り余るエネルギーを放出していた彼も、しだいに寄る年波とともに勢いを失い、女たちも彼のもとを去っていく。そこには哀切な抒情すら漂っている。
 一郎が捕まったとき、家庭環境を知る係官は、お子さんをみすみす破局に突き落とすような環境を変えてあげられないかと提言する。それに対し、「破局に落ちているのは私です。ただ、私は自分なりの誠実で、せいいっぱいに生きているつもりですから、破局だからと云って、よけるわけにはいかないのです」と答えた。『檀』のヨソ子は、このとき夫は黙って係官の言うことを聞いていたし、常識ある夫があのような発言などするわけがないと証言している。仮に彼女の言うことが本当だとすれば、作者はあの場面で破天荒ながらも誠実に生きようとする主人公を殊更造型しようとしていたということだ。
 無頼派として自他ともに認める存在となった檀は、生き方においても、また作品においても読者の期待を裏切るわけにはいかなかったのかもしれない。
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