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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
〜私たちは地域の発展と人間尊重の経営を目指す経営者集団です〜
今月の文学探訪
【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)


昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業
昭和62年 北海道大学大学院文学研究科修士課程修了。
平成 元年 釧路工業高等専門学校着任
令和 5年 釧路工業高等専門学校退職

 現在、釧路工業高等専門学校名誉教授。文芸評論家。専門は日本近代文学。
 地元で公開講座、出前授業、読書会、朗読会など、地域貢献に関わる活動を実践。
 2021年7月より北海道新聞夕刊で「道内文学」創作・評論の執筆を担当。

トップ  >  (145)『十三夜』
樋口一葉『十三夜』 2017年5月
                小田島 本有

  「十三夜」も「たけくらべ」「にごりえ」と同様、時代的制約の中で忍従を強いられざるを得なかった女性の姿を描いた樋口一葉の代表作の一つである。
阿関(おせき)は17歳のとき器量を買われて原田勇に執拗に望まれ、結婚をした。両親は身分が釣り合わないと固辞したものの、そのようなことは気にする必要はなく、お稽古事はこちらでさせるとの原田の言葉を受け入れたのである。
 だが、結婚後夫の態度が変わる。召使の前で阿関の不器用不調法を並べ立て、彼女に教育がないと蔑み、そのようにした実家が悪いと言う始末であった。太郎という男の子が誕生してからはその傾向がますます悪化しており、そのことに彼女は耐えられなかったのである。
 娘の話を聞いた時の両親の反応は実に対照的だ。母親は憤慨を抑えることができない。もともとこちらから娘を貰ってくれと言ったわけではない。同じ女として、彼女は娘の立場に同情し原田を批判する。
 一方の父親は夜遅く娘が実家に現れたため、婿は不在か、何か事件があったのか、離婚すると言われたかなど、まずは状況確認を忘れない。娘の話を聞いて「無理は無い」と同意もしている。これはまさにカウンセリングにおける傾聴姿勢そのものだ。この父親は夫を扱う難しさを認めつつも、今日までの辛抱ができるならば「これから後とて出来ぬ事はあるまじ」「同じく不運に泣くほどならば原田の妻で大泣きに泣け」と諭すのである。いったん離婚をすれば息子に会うこともかなわない。そのことを踏まえた父親の説得だった。
 父親の言葉を受け入れ阿関は車に乗るが、偶然その車を引いていたのが幼なじみの高坂録之助であった。煙草屋の一人息子であり、彼女はかつて彼のもとに嫁入りすることを夢見ていた過去がある。久しぶりに見る録之助はすっかり変わり果てていた。彼は「呆れはてる我がまま男」と自分を蔑む。阿関の結婚をきっかけに録之助は放蕩の限りを尽くす。生活を変えさせようと母親が彼を結婚させたが、それでも彼の生活は変わらなかった。女房は子供を連れて実家に帰ってしまい、その子供も昨年の暮れにチフスで亡くなったという。
 もし17歳のときに原田に求婚されなければ録之助と一緒になれていたのだろうか。そして彼が今のように落ちぶれることもなかったのだろうか。それは到底予測しがたいことである。彼女は別れ際彼に金の入った紙包みを渡し、「どうぞ以前の録さんにお成りなされて、お立派にお店をお開きに成ります処を見せて下され」と声をかけた。もはや自分が録之助の妻として煙草屋の店先に立つことは不可能である。ひとたび離れてしまったそれぞれの道は決して交錯することはない。阿関は姿を消していく録之助の背中を見ながら、そのことを痛感したはずである。
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