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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
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今月の文学探訪

【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)

昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業(国語国文学専攻)
昭和62年 同大学院修士課程修了。
 現在、釧路工業高等専門学校一般教科教授。
 専門は日本近代文学。
 同友会幹部大学で文学の講義を担当している。


トップ  >  (68)『挽歌』
   原田康子『挽歌』 2010年12月

                小田島 本有

 『挽歌』が70万部を超える売り上げを見せた要因の一つに、主人公兵頭怜子の造型のユニークさがあった。彼女は登山帽、黒のスラックス、ズック靴という出立ちで街を歩く女性であり、しかも煙草を吸う。明らかに同じ年頃の娘とは異質であった。
 母親は怜子が幼い頃亡くなっている。父親はいるが、決して権威的存在ではない。作品中で怜子が桂木節雄と外泊する場面があるが、このときも彼は娘を叱ることをしない。これは彼女が関節結核を患った結果、左手にハンデを負っていることが多少なりとも影響しているだろう。
 怜子はしばしば「小悪魔的」と言われる。だが、その言葉で片付けてしまっては彼女の本質は分からないのではないか。子供が成長していくなかで、親の存在は重要である。彼女の場合、自分を叱ってくれる親がいなかった。彼女はその点で成長に必要な条件を奪われていたのである。彼女はいわばストレイ・シープ(迷える子羊)であり、他者に対する挑発的とも言える言動は彼女の内面のあがきの現れでもあった。
 怜子がそもそも桂木節雄に近づいたのは、彼が一見すると幸せな家庭を築いているようでありながら、夫人が若い男性と関係をもっているという事実を知ったことが大きく影響している。桂木が仕事の出来る建築士であることも魅力のひとつであった(彼女の父親が経営の能力において劣っていたことを思い合わせてみるとよい)。
 怜子は桂木と関係を深めていく一方で、桂木夫人にも接近していく。彼女が夫人の美貌に心奪われたことも確かだが、彼女が醸し出す物憂いけだるさは、怜子の記憶に残る亡き母親の面影と重なる部分があった。同性愛という言葉だけでは片付けられない側面があったことは見逃すべきではない。
 桂木はある時期から自分の妻が若い男性と関係をもっていることを知っていた。それがたとえ過ちであり、妻がそのことを後悔していたとしても、彼は妻の過失を許すことはできない。この夫婦の溝を深めたのは桂木の潔癖さと言えよう。桂木が怜子をよく知りもしない段階で既に彼女との再婚を匂わすような不可解な言動をするのも、現在の夫婦関係に彼自身が空虚さを覚え、その破局を予感していたからに他ならない。
 怜子は桂木、桂木夫人それぞれに接近するという過程の中で、嘘に嘘を重ねていく。そして、親しく付き合っている怜子と自分の夫が不倫関係にあったことを知った夫人は、湿原で自らの命を断った。こうして怜子は自らの言動の罪深さを痛感させられることになる。
 「挽歌」とは本来死者を送る歌の意味である。ここには桂木夫人への追悼と共に、自らの青春との訣別を自覚した怜子の思いが込められている。
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