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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
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今月の文学探訪

【 筆者プロフィール 】 

小田島 本有(おだじま もとあり)

昭和32年 札幌市に生まれる。
昭和51年 札幌西高校卒業。
昭和57年 北海道大学文学部卒業(国語国文学専攻)
昭和62年 同大学院修士課程修了。
 現在、釧路工業高等専門学校一般教科教授。
 専門は日本近代文学。
 同友会幹部大学で文学の講義を担当している。


トップ  >  (67)『真空地帯』
   野間宏 『真空地帯』 2010年11月

                小田島 本有

 裁判は論理がすべてだ。どの事実を取捨選択するか、それによって結果が大きく左右されるのであれば、その選択は恣意的であることを免れない。場合によっては事実が都合のいい証拠として利用されかねない側面を持っている。
 『真空地帯』は軍法会議で窃盗と反軍思想の罪に問われ、2年間の服役を終えて帰隊した木谷利一郎の話である。彼はまだ仮釈放の身であり、また事件を起こせば刑務所に戻らなければならない。これらのことを知る者は部隊においてほとんどいなかった。彼は長い入院生活を終えて戻ってきたことになっていたからである。
 彼には是非とも会わねばならない人物がいた。一人は林中尉であり、もう一人は山海楼の花枝だった。
 彼は便所から少し離れたところに落ちていた財布を拾い、そこから現金を抜き取った。それが林中尉のものであることを知ったのは後からである。林は木谷が自分の上衣のポケットから盗んだものと決めつけて執拗な追及をし、彼を軍法会議に送った。
 一方の花枝は、木谷にとって情を交わし合えていると確信していた女であった。だが、軍法会議で花枝に宛てた木谷の手紙が提出される。そこには軍隊内部への不満が綴られていたのだ。この手紙が木谷の反軍思想を裏付ける証拠として採用されることになったのである。  獄中にいた頃の木谷にとって、彼らに再び会い、憎しみをぶちまけることが精神的な拠り所となっていた。しかし、木谷は真相を知っていくにつれ、その基盤が根底から覆される。
 木谷に対する処分が過酷になった背景には、当時の経理室内における勢力争いがあった。木谷は被害者の林中尉から、対立する中堀中尉グループの一派と見なされる。この時点で彼は単なる窃盗犯だけでなく、反軍思想の持ち主として造型される必要があった。木谷は勢力争いのいわば犠牲者にされたのである。
 人事係准尉である曽田からの情報、あるいは現在落ちぶれた林中尉の話から、木谷は事実に眼を開かれていく。かつて自分の味方だと思っていた金子軍曹は木谷を利用して林中尉と抗争し、結果的に勝利した。そればかりか、今度は野戦行きを逃れようとする内村の父親からの賄賂を受け取り、野戦行きのメンバーを木谷と入れ替えるよう工作していた事実を知らされ、木谷の驚きは計り知れなかった。当初木谷には想像もつかなかった欲望と嫉妬、陰謀がそこには渦巻いていたのだ。
 〈真空地帯〉とは自由を奪われた兵営内部を象徴する言葉である。空気を抜かれた空間の中で理性や道徳が危険に晒される。だが、これは果たして兵営内部だけのことなのであろうか。この作品はそう問いかけているようだ。
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