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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
〜私たちは地域の発展と人間尊重の経営を目指す経営者集団です〜


 【随 筆】 『嘘』(社員の報告書から)


釧路三菱自動車販売(株) 代表取締役 鈴木 全氏(釧路支部会員)

 

 

 
 三年程前、若い営業スタッフの業務報告書にこんなのがあった。


 五十才前後の夫婦が私共の店を訪れてきた。対応した営業スタッフがお話を伺い、その後やや困惑してデスクに戻った。その訳は車の入替えについてはご夫婦で合意している。ただ、ご主人は「子供達に未だお金が掛かるから、程度の良い中古車でよい」と言い、一方奥さんは「今まで中古車で我慢したのだから、少しは贅沢をして絶対新車」だと言う。どちらの言い分も一理はある。ただ困るのはどちらも自分の主張を譲らず、挙句には夫婦喧嘩の様相とのこと。私共は新車、中古車に拘らず、「お買上げ」に有難さを感じる立場であり、何れに軍配上げる訳にも行かず、成り行きを見守るしか仕方がない。その日は事情を伺い、見積書をお渡しして結論は後日と言う事になったそうだ。翌日の朝、奥さんから電話が来てしみじみ話すには、ご主人は3ヶ月程前に体調不良で入院した際に、「大腸がん」が見つかったが、本人への告知はしていないとの事。「今まで中古車ばかり乗った人なので余命が一年以内と言う事であれば何とか新車に乗せてやりたい…」と電話の向うで涙ながらに訴えたそうだ。夫を一年以内に見送る現実を迎えるであろう妻としての気持ちは、痛いほど良く理解できる。結局ご主人には「ご希望のような中古車が見つからない」「探すのにかなり時間がかかる」「やや思惑より値段が張る」など思いつくだけの理由…つまり「嘘」を並べて中古車を断念して戴いたそうだ。


 それから二年近くたったある日。その奥さんがクルマを持って来店され、「その節はいろいろご面倒をかけまして…」と丁寧な挨拶をされる。担当営業スタッフもその後の経緯が気がかりだったので、気後れ気味に「その後ご主人は…?」と伺うと、途端に奥さんが堰を切ったように話し出した。


「それがさあ、あんとき寿命が一年以内だって云うからさあ、無理して新車を買ったよネ。ところがさあ、今もピンピンしててさあ、この所魚釣りばっか!。ひょっとしてさあ、お医者さんとウチの人がグルになってさあ、ハメたんじゃないかネ私を?ハハハハァ」と快活に笑ったそうだ。その笑いには、奥さんの安心感、幸福感が凝縮されているように若い営業スタッフに伝わったそうだ。


 そんな経緯の報告を受けて嘘は絶対にいけない・・・が、時に「許される嘘」があることに気づき、許される嘘を言わなければならない時は「誠心誠意」「真心」を込めて「嘘」を言うべきである。

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