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The Association of Small Business Entrepreneurs in Hokkaido
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三重ある記
 
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その155
『思案橋』 四日市市  

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 「思案橋」。一体何を思案したのかと、気になる名の橋が四日市市にあります。
 天正10(1852)年、本能寺の変が起こった時、境にいた徳川家康が三河に戻ろうとして、四日市に到着した際、陸路をとるか、はたまた海路をとるかを思案したというのが、この橋の名の由来です。
 思案の末、家康は海路を選んで国に戻りますが、この時の功が認められ、四日市一帯を天領としたと伝えられます。
後に天下人となる家康。この時、陸路を選んでいれば、違った人生を歩んだかもしれません。









2015年11月13日

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三重ある記について
 このコーナーでは、三重県の魅力を紹介します。釧路と三重は、北海道の名付け親で三重・松阪生まれの松浦武四郎(1818-1888)を縁に、地域間連携を始めています。
筆者プロフィール

下村 友惠(しもむら・ともえ)

三重県津市生まれ。皇學館大学文学部国文学科卒業。新聞記者を経て、フリーライター、地域コーディネーター、映像プロデューサー。月刊「旅の手帖」ライター。共著として『環境異変ー地球の悲鳴が聞こえる』(2009年、共同通信社)など
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